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東京高等裁判所 昭和44年(う)1314号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

〈前略〉

検察官の控訴趣意(法の解釈適用の誤り)について。

一、原判決は、

本件公訴事実によれば、

被告人は、法定の除外事由がないのに、昭和四三年一一月九日午前六時一〇分ごろ茨城県那珂郡那珂町大字戸地先の那珂川河岸において、さけを漁獲する目的で、俗にひつかけ針と称する仕掛けをつけたつり竿を使用し、おもりの遠心力によつてひつかけ針を河中に投げ込んだ後これを手許に引き寄せる方法を繰り返し、もつて内水面においてさけの採捕行為をなしたものである。

というにあるが、水産資源保護法二五条にいう採捕とは、とらえること、掴えること、少くとも容易にとらえ得る状態になつたことをいうものと解する。採捕すべく採捕行為に及んでも、とらえなければ、掴えなければ、容易にとらえ得る状態にならなければ、それは採捕の未遂である。

本件の具体的場合において、とらえたことはもちろん、容易にとらえ得る状態になつたと認め得る証拠はない。そうすれば未遂は罰せずである。本法には未遂を罰する定めはない。

として、無罪の言渡をしたことが明らかである。

所論は、「水産資源保護法(以下単に法という。)二五条にいう採捕とは、採捕の方法を行うこと(採捕行為)をもつて足りるものと解すべきであつて、原判決の採捕に関する右解釈は失当である。原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りがある」と主張する。しかし、当裁判所は、結論として、法二五条にいう採捕の意義に関する原判決の解釈は正しいものと考える。以下その理由を述べる。

二、(1)法二五条は、所定の免許、許可を受けない者が、所定の内水面において、産卵のためさく河性を有するさけを採捕することを禁止している(違反者に対しては、法三七条の罰則がある)。ところで、右のさけを採捕することを禁止している同条は、使用される漁具・漁法については、何らの定めもしていないことに注意する必要がある。

法二五条の立法目的が、「産卵のため内水面にさく上するさけを濫獲して、さけの繁殖を著るしく阻害することのないよう、その採捕を禁じ、もつてさけの繁殖の保護をはかる点にある」こと、同条にいう採捕の意義に関しては、このことも考慮の上解釈すべきであることは、所論のとおりではあるが、このことから、採捕の意義を、所論のように採捕行為をすることであると解しなければならない必然性は必ずしも出てこない。

(2)そもそも、水産資源の保護と取締りに関しては、立法技術的に、魚種、その大きさ、漁具、漁法、期間、地域等の各面から制限して採捕禁止の規定が設けられている。これらの各面の制限・禁止の規定を総合的に解釈して、法二五条にいう採捕の意義を決めるのが相当である。

(イ)  法および規制の規定。

法は、右二五条の外に、漁法のうち水産資源の保護培養に最も有害な手段の制限として、五条が爆発物の使用による採捕を、六条が有毒物の使用による採捕を禁止し、その違反に罰則(三六条)を設けるに止まり、その他の漁具・漁法の制限、期間や地域の面からの制限・禁止に関しては、四条が、省令・都道府県規則にすべて委任している。

そこで、以下、法の委任に基く茨城県内水面漁業調整規則(以下単に規則という。)をみるに、爆発物・有毒物使用に次ぐ有害な手段として、その二七条で地びき網など一六種の漁具・漁法による採捕を一切禁止し、さらに六条では、「ひき網など一六種の漁具・漁法によつて採捕しようとする者は、漁具・漁法ごとに知事の許可を要する」と規定する外、特定の水産動植物についての採捕禁止期間(二五条)、特定水産動物の全身体重による採捕禁止(二六条)、採捕禁止区域(三一条)、特定の区域、期間および漁具・漁法等による採捕の禁止(二九条三〇条三二条)を規定し、その違反行為に対していずれも罰則(三七条)を定めている。

また、規則の中には、採捕をする(一〇条一三条二一条)、採捕する(二八条)、採捕を行う(三三条)の字句が散見し、その各条(二一条を除く)違反には、罰則を伴つている。

(ロ)  法・規則にいう「採捕」の意義の二元性。

これらの法および規則の諸規定を総合検討するとき、規則一〇条二一条二八条三三条にいう採捕の字句が、採捕の方法を行うこと、すなわち採捕行為の意味に用いられ、一方規則二六条にいう採捕は、現実に捕捉するか、少くとも容易に捕捉し得る状態におくこと(以下単に現実の採捕という。)を要し、単なる採捕行為を含まない意味であることは、当該法条の趣旨に照して容易に理解できるところである。

規則六条は、「次の各号に掲げる漁具又は漁法((1)ひき網以下(16)まで列挙)によつて水産動植物を採捕しようとする者は、漁具又は漁法ごとに知事の許可を受けなければならない」と規定し、その罰則(三七条一項一号)は「第六条の規定に違反した者」と定めているので、以上の文言自体から、規則六条にいう採捕、従つて、同条列挙のものよりもさらに有害な漁具・漁法による採捕を禁止する規則二七条にいう採捕も、現実の採捕だけでなく、採捕行為を指称するものと解することができるであろう。

従つて、水産資源の保護培養に最も有害な漁法(爆発物・有毒物使用)による採捕を禁止する法五条六条にいう採捕の意味を採捕行為と解すべきことも、これまた容易に理解できるはずである。

(ハ)  とくに漁具・漁法を具体的に掲げて採捕を禁止する規定にいう「採捕してはならない」という場合における採捕の意義。

さらにまた、とくに漁具・漁法を具体的に掲げて採捕を禁止する法および規則の規定は、当該漁具・漁法の使用が、水産資源の保護培養を著しく阻害する有害な手段であることを重視し、その観点からむしろその使用を禁止又は制限しようとする趣旨において、これによる採捕を禁止する旨の行政取締法規が定められているものと解するのが相当である。

従つて漁具・漁法を具体的に掲げて禁止する規定にいう「採捕してはならない」という場合の採捕とは、当該漁具・漁法の使用による採捕行為を意味するものということができる。大審院大正六年九月二七日判決(同年一〇月三〇日法律新聞((禁止の網使用の事例)))、同じく昭和一三年三月七日判決(刑集一七巻三号一六九頁)(禁止のかぎ使用の事例)は、正にこの点に関連する判例であることが、極めて明らかである。最高裁判所昭和二九年三月四日(刑集八巻三号二二八頁)、同じく昭和二八年七月三一日(刑集七巻七号一六六六頁)の決定(いずれも爆発物使用の場合)、或は大審院判大正一五年一一月五日(刑集五巻一一号四九七頁)、同じく大正一四年三月五日(刑集四巻二号一二一頁)の判決(いずれも有毒物使用の場合)も、当裁判所のこの解釈と矛盾なく理解できる。

(ニ)  法二五条にいう「採捕」の意義。

ところで、法二五条は、さく河性を有するさけを採捕してはならないと規定するだけで、その漁具・漁法を掲げていないから、如何に同条の前記立法目的にもとづく行政取締のために必要であるからといつて、同条にいう採捕の意味を採捕行為と解することには疑問がある。

同条所定の免許・許可を受けない者が、所定の内水面において、いやしくも「さく河性を有するさけを現実に採捕したときには、」それが徒手採捕や投石或はこん棒、普通の釣竿やたも網の使用など、極めて原始的な方法による場合であつても、同条違反として罰則の適用を免れないが、「現実に採捕することができなかつたとき」でも、さけの採捕行為をした者として処罰する法意であるとは考えられない。各種の採捕行為がさけのさく上を妨害しさけの繁殖を阻害し又はそれらのおそれをもたらすことは否定できないが、その程度と態様においては、採捕行為と現実に採捕することとでは著しく異るものがある。

また所論は、「原判示のように解するときには、取締の面において、現実に採捕するまでなんらの処置をとることができないことになり、採捕行為をしているのを傍観していなければならず、また採捕したものが目的物を隠匿放棄して処罰を免れるようになつて不当である。」と主張するが、いずれも取締の難易の問題にすぎず、また処罰と規制とは別途に考え得ないわけではないのであつて、原判示の解釈を非難する論拠とするに足りない。

かくして、当裁判所は、法二五条にいう採捕の意義を、広く採捕行為であると拡張解釈すべき格別の必要性や相当性を認めることはできない。よつて、罪刑法定主義の要請するところにもとづき、右採捕とは、現実にとらえるか、容易にとらえ得る状態におく、すなわちその者の実力支配内におくことを意味するものと解するのが至当である。

(3) このように解した場合、本件のようにひつかけ針使用の場合に関して取締ができないという弊害が出るとするならば、その必要とする限度において、規則(例えば三〇条)中にひつかけ針を禁止の漁具・漁法の一つとして新たに追加規定すれば足りるはずである。所論のように、取締の面から、法の解釈を動かすことは相当とは思われない。

三、以上の理由により、法二五条にいう採捕の意義についての原判決の見解は正当であり、この点の解釈を誤つた違法は全く存在しないので、所論は採用できない。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。(江里口清雄 上野敏 横地正義)

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